建物の中は、予想に反して暗かった。
照明が落とされ、人の気配はまったくない。
廊下にあった地図を見ると、どうやらこの施設は2つの区画に区切られているようだ。
今しぃたち姉妹がいるのはB区画だった。

使われてないのかしら・・・
そのわりには生活観があるけど

B区画の1階、姉妹が侵入したこのフロアは主に居住区に使われていたようだ。
ロビーのソファに投げ出された雑誌や、テーブルの上にあるコーヒーカップが人の存在を匂わせる。

・・・退避済み、ということかな
私達が来ることがわかってたってこと?
それは・・・そう考えたくはない、ね

一応1階から3階までを見て回るが、人の影一つない。
このB区画には地下階は存在しないようだ。
たしか、ツンが捕らえられているのはA区画の地下三階だったか。
1階に戻ってきた姉妹は、A区画への連絡通路に足を進めた。
完全にA区画とB区画を分断する、たた一本の連絡通路。

そこに、はじめて人の気配が現れた。

その気配は2つあった。
気配は現れた瞬間から微動だにせず、その場にあり続ける。
まるでしぃたちを待ち構えているかのように。
照明の落とされた通路に、小柄な影が二つ浮かび上がった。

剣を尽きたて、柄に手をかけた騎士が二人。
暗闇の中でなお、その眼光は鋭い輝きを放っていた。
凛とした声が響く。

・・・私は、リーゼ
・・・私は、レーゼ

静かに歩みを止めたしぃ姉妹が、剣を構える。
つーは青い騎士剣を。
しぃは鞘から歪な柄の刀を抜き放つ。

これより先はヴァルハラへの道
歩み入ること叶いません
されど
罷り通ると言うならば
我ら双騎士、お相手いたします
我ら双騎士、お相手いたします

敵の双騎士は床に突き立てた剣を抜き、ゆるやかに構える。
そして互いに剣をぶつけ、済んだ鋼の音を響かせた。
重装の鎧に身を包み、剣を交差させたままこちらを見つめる二人は、呆れるほど騎士然としていて、美しかった。

ずいぶん時代がかった人たちねぇ
・・・この人達、強いよ、姉さん

空気が震えている。
そう錯覚させるほどの、とてつもないプレッシャーだった。

貴殿ら、選べ
・・・?
騎士にとって戦いとは1対1。誰が誰の相手をするか、選ぶが良い

目の前の連絡通路は、硬く扉が閉められている。
おそらくこの二人のどちらか、あるいは両方が鍵を持っているはずだ。
つまり、この二人を倒さねばA区画には行けず、おそらくA区画への道はここ一つ。
選択権などない。

・・・私はあなたを
お受けしよう
じゃ、私の相手はこっちだねー
是非もない。さぁついてこい、ここは戦うには狭すぎる

リーゼとレーゼは、左右逆の方向へ歩いていく。
1対1というくらいだから完璧に分断するつもりだろう。
しぃとつーは頷きあい、視線を絡ませた後、決して振り返らずに騎士の後についていった。

先に言っておきたい
何かしら?
私は貴殿を殺すつもりだ。故に、貴殿も私を殺すつもりでくるが良い
もし殺さずに私が勝ったら?
その時は大人しく引き下がることを、このレーゼの名と騎士の名誉にかけて誓おう
そう・・・信用するわ、騎士レーゼ

連絡通路から左に数十メートル歩いた先にある開けた空間。
そこで、リーゼは剣を構えた。
同じようにしぃも構える。互いに獲物こそ違うものの、正眼に構え、相手の出方を伺う。
彫像のように固まったまま、動かない。
永遠に続くかのように思われたその静の空間を破ったのは、レーゼだった。

参る!
・・・!

目前まで迫り剣を振りかぶったレーゼの姿が、巨人のように見えた。

火花が散る。
しぃは体を屈ませ、レーゼの初撃を受け止めていた。
呼吸の一時すら与えぬとばかりに、続く連撃が追い討ちをかける。
攻める剛剣をかわさず、しぃはあえて打ち合った。
凄まじい剣圧に、瞬きの間に首を跳ねられるだろう剣速。
それは剣の嵐だった。
周囲の壁がまるで巨大な爪で引っ掻かれた様に傷ついていく。

くっ・・・うぅぅ・・・!!
どうした!私を殺さずに倒すのだろう!?

レーゼの剣速は少しずつ上がっている。
もはや人の連続運動の埒外にある脅威の連撃に、防御が追いつかない。
次第にしぃの服が裂け、腕が裂け、脚が裂け、頬が裂けていく。
打ち合うたびに火花が踊り、妖精が舞っているかのようにすら見える。
レーゼの力は完全にしぃの予測を上回っていた。

・・・強い!なんて能力・・・このままじゃいずれ・・・!

いずれ、致命傷を食らう。
そして自分の再生の能力が追いつく前に、とどめの一撃がその身に降りるだろう。
だが姉がさらわれたあの日、あの兄弟に敗れたときに誓ったのだ。
もう負けまいと。

負けない・・・この攻撃さえ凌げば、まだ・・・!

何合打ち合っただろう。
それすらわからない幾度目かの一撃を防ごうと、刀を構える。
だが、腕に衝撃は訪れず、変わりに鳩尾に突き刺すような衝撃が走った。
気がつけばしぃの体は吹っ飛び、地面に転がって停止する。

はっ、ぁっ・・・!
どうした?本気でやっているのか?それとも私の能力を探っているつもりか?
く・・・どうかしらね・・・
それならば無意味だぞ。私はホルダーではないからな・・・私はただの人間だ
な・・・嘘。人間に出来る動きじゃないわ・・・

レーゼは答えない。だが、その瞳の色が少しばかり変わった。
しぃを見つめる視線と、しぃの視線が絡み合う。
その瞳には、静かな憤りがあった。

ホルダーという連中は皆そういうよ。だがな―――

瞬間、レーゼの体が掻き消える。
目は離していないはずだ。本当に、ただの一瞬で姿が消えた。
幻でも見ていたのかという愚かな考えが頭をよぎったとき。

―――武を、なめるな

背後からの一撃が、しぃの左肩を切り裂いた。

あ・・・かっ・・・

声が、出ない。視界が赤く染まる。
力を失い倒れていく体を、どこか遠くの風景を見ているように感じている自分が居た。
うつ伏せに倒れ付していることに気付いたのは何秒後だったろう。
しぃの左肩は、肩骨も鎖骨も、肉も筋も、何もかもが綺麗に切断されていた。
あまりに鋭利な切り口のせいで、血が流れてくるのが遅い。
力なく開いた切断面から、自分の肩の肉と骨を見たとき、しぃははじめて自分が斬られたのだと悟った。

っ・・・ぅ・・・・ぁ・・・
愚かなものだ、ホルダーという奴は。生まれついての特異な能力に慢心し自らの鍛錬を怠る

しぃにはもう聞こえない。刃は心臓にまで達していた。
それなのに、冷静に脳は働く。
しぃは今自分のことではなく、姉のことを考えていた。

さっきから聞こえていた音がやんだ・・・向こうも決着がついたのかなぁ・・・

勝ったのは姉だろうか。それとも双騎士の片割れだろうか。
きっと、姉だろう。まともに戦えば、自分よりも強いのだ。
幼い頃、姉に剣の稽古をつけてもらったことを思い出す。強くて優しい自慢の姉なら、きっとどんな敵にも打ち勝つはずだ。 だから。

姉さん・・・私もこの人を倒すから。後は・・・お願いね

A区画に進むであろう姉のために、勝利を掴もうと思った。

まぁ、存外に楽しめはしたか・・・

レーゼは相棒のもとへ歩みを進める。
3歩目を踏み出したとき、異変に気付いた。
周辺の気配が変わっている。なにか自分には計り知れぬ気配が、辺りを濃密に満たしていた。

・・・ごめんなさい・・・レーゼさん・・・
・・・なにっ!?

背後で、しぃが立ち上がっていた。
左肩は切り裂かれたままだ。切り裂かれたままではあったが、筋繊維が軟体動物のように揺らめき、骨がギチギチと音を立てて伸びている。
再生、していた。それも信じられないスピードで。
瞬く間に切り裂かれた部分が修復し、皮膚が縫いとめられていく。
その手にある歪な柄を持つ日本刀が、しぃの手に食いついていた。
しぃの手に歯である針を突き刺し、血を吸い上げる。その刀の名を血風丸といった。
所有した者が悉くその命を落としたという曰くつきの妖刀が、数十年ぶりの血に歓喜し、鳴動する。

私・・・嘘をつきました。あなたを、殺さずに倒すって・・・
ば・・・馬鹿な・・・なんだ、その再生速度は・・・
やっぱり私、あなたを・・・殺します

しぃのスカートが翻る。
真紅に染まった刀身を携え、しぃは赤い旋風の只中にいた。

貴殿・・・人間か・・・!?
そうだと言いなぁと・・・思います。けど、人間だったら、今から私は大きな罪を犯すんでしょうね・・・
・・・ふっ。どうかな。そのような手品で勝てるとは限らんぞ?

レーゼは剣を握りなおす。
まさか立ってくるとは思っていなかった。油断だ。
せめてもの情けにと、心臓を狙ったのがいけなかった。
次は、確実に首を撥ねる。

貴殿の実力があがったわけではあるまい!その首いただくぞ!
あ・・・やめたほうが良いですよ

言い終わる前に、レーゼの渾身の一撃が疾る。
人の身の極限と言うに相応しい、神速の一撃だった。たとえ鬼神でも避けられまい。
だが、その刃は、あと一歩及ばなかった。
刀身は物理的な力など無いに等しいはずの赤い風に阻まれ、その鋼鉄の体を打ち砕かれる。
剣に巻きつく赤い風は、レーゼの腕を貪り、ただの肉塊へと変貌させた。

なっ!あぁぁぁ!?
ほらね・・・?痛いでしょう、それ?

しぃが血風丸を構える。腰は低く、刀は担ぎ構え。
それはしぃの修めた小野派一刀流にはない構えだった。

・・・我が身、すでに人外へと至り、その刃すでに悪鬼羅刹の類なれば―――
お、おぉぉ!なめるな、ホルダァァッ!!

レーゼが剣を持ち替え、無事なほうの腕で切りかかってくる。
赤い風を気迫で押しのけ、騎士は猛進する。

―――この獄刃に、既に絶てぬものは無し・・・!

肩に担いだ刃が迸る。
レーゼが見せた人の限界に迫る一撃など比較にならない速度で振るわれた赤い刃は、周囲の赤い風を全て巻き込み収斂し、レーゼの体を袈裟懸けに裂いた。

舞うは血桜、尽きるは命・・・

血風丸を鞘に収める。鍔鳴りの音と共に、レーゼの体から鮮血が噴出した。

・・・見事だ・・・ホルダー・・・

倒れ付すレーゼに、穏やかな顔でしぃは告げる。

浄土で再び、まみえましょう・・・
なんて・・・すぐに会えそうだけどね

血風丸を取り落とし、しぃも倒れ伏せる。
戦いが終わり、静寂が訪れる。

その一部始終を見ていた者がいた。

やれやれ・・・面倒くさいことにしたもんだ・・・

ショボンは懐から緊急用の医療キットを取り出す。
それと、数本の長い針。

だがまぁ・・・一応は生徒だからなぁ・・・

しぃに治療を施し、ついでに虫の息のレーゼにも針を打ち込み応急手当をする。
地面にまだ中身が残っている医療キットを置き、ショボンは立ち去る。
ショボンは久しぶりに煙草を吸おうかと思った。

・・・それにしてもお前・・・何してるんだ?

ショボンが歩いていった先に、つーとリーゼがいた。
双方ともに負傷しているが、そこに戦いの雰囲気はない。
ショボンが不思議そうに見ているのを見て、リーゼが口を開いた。

いや、何。先程この御仁に叩きふされてね。少々惚れ込んでしまったのさ
・・・これ、どうしよ。ショボン
お前ら・・・向こうで血みどろの死闘があったってのに・・・罰が当たるぞ・・・

とは言うものの、リーゼは両足を貫かれ、腹部にも刺突をくらっているようだ。
それなりに激しい戦いだったのだろう。
それはつーも同様だった。
体中の裂傷と打撲。なんだかんだ言って、ダメージは大きい。

・・・まぁお前らはここにいろ。向こうにしぃが倒れてるからついててやれ
・・・無事?
どうかな・・・お前がすぐ行けば死にはせんと思うが
わかった。しぃのそばでで休んでる。私達はリタイアね・・・
なに、あとは任せておけばいいさ

ショボンはリーゼから鍵を受け取り、今度こそ煙草に火をつけた。