はぁ、はぁ!どこ行ったお!?

玄関から飛び出した内藤は、グラウンドを見渡した。
ツンを連れて行った男は、とっくに逃げているだろう。
そう思い駆け出そうとしたところで、何かが勢い良くぶつかってきた。

ぷぉ!?な、なんだお!?
てめぇは!ちっ!邪魔だ!
ぐぇっ!

いきなりぶつかってきた男に突き飛ばされて尻餅をつく。
内藤を突き飛ばした男は、まだツンを担いでいた。
内藤に目もくれず、一目散に走り去ろうとする。
その様子はさっきとは違って、余裕が失われているようだった。

ツン!ま、待つお!!

男を追いかけるために内藤は急いで立ち上がろうとする。
だが立ち上がろうとした内藤の前を、何かがすごい勢いで過ぎ去っていった。

その過ぎ去っていった何かは、ツンを担いだ男を追いかけていた。
VIP高校の制服を着て、竹刀を持って。

逃がしません!

男を追いかけているのは、しぃ委員長だった。
オリンピック選手もかくや、という速度で逃げる男を追い、スカートを翻し跳ぶように疾走する。

あ、パンツ見えたお・・・って違う、ツン!!

遠ざかっていく男としぃを慌てて追いかける。
幸い、内藤は100m走のタイムだけはよかった。
体が強くなっただけで、内藤は何も変わっていなかったが走り方は良くわかっていた。
ようやく、内藤の理想の体が性能通りの働きを開始する。
内藤は、風を追い越すような勢いで走っていた。

委員長!
内藤君!?どうして・・・いやそれより私に追いつけるなんて・・・!

内藤がしぃに追いついたのは、遠く町外れにさしかかる辺りだった。
しぃは自分に追いついてきた内藤に驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻す。

内藤くん、悪いことは言わないから帰りなさい。危険だわ
・・・大丈夫だお。僕も戦えるお。僕がツンを守らないとダメなんだお・・・
けど・・・
もう、弱虫のままじゃ嫌だお。僕はいつもピンチのツンを助ける事を考えていたお。ツンがさらわれたのは僕のせいだお!
・・・そう。わかったわ。けど危なくなったらすぐに逃げるのよ

そう。内藤は、いつもピンチのツンを助けることばかり妄想していた。
それは、ツンがピンチになることを望んでいたということだ。
自分の体が強くなっていることに気付いた時、感づくべきだった。
妄想が現実になったら、ツンが連れ去られると。
それなのに体が強くなったことに浮かれ、テンションだけ高くなっていた。
いざツンが連れ去られようとしたときに、怖気づいて何もできなかった。
自分なんかよりいつも心の中で馬鹿にしていたDQN達のほうがよっぽど勇敢だった。

今度こそ、自分は勇気を出さないといけない。

ツンを担いだ男は、人一人担いでいるというのにまったく速度が衰えない。
ずっとこの追いかけっこが続くかと思ったとき、男は廃工場にはいっていった。

ここに入っていったお・・・
・・・こんな所に工場があったなんて知らなかったわ。これ以上は危険・・・かしらね
・・・はいるお
あ、内藤くん!まちなさい!

内藤はしぃを無視して走った。
本当は怖くて帰りたかったが、勇気を出さないといけなかったから。
しぃが止めようと走り出す頃には、内藤は工場の中へ駆け込んでいた。
勇気と無謀を履き違えて。

ど、どこだお・・・ツン・・・

工場内は暗かった。
光がほしくて振り向くと、こちらに向かっているしぃが見える。
それと、閉まっていく扉も。

重い鉄同士のぶつかる音とともに、扉が閉まる。
窓から差し込む僅かな光しかなくなり、内藤は縮こまった。

は、ひぃぃ・・・どこだお・・・ツン・・・

それでもツンを探し、おっかなびっくり、工場の奥へ進んでいく。
工場は広かった。
時々響く物音にビビりながら歩いていくうちに、ドアを見つける。
所々埃が積もっているのに、そのドアのノブだけは誰かが握ったように埃が落ちていた。

こ、この先にいるのかお・・・?

いつもの妄想なら、内藤は迷わずドアを開け進み、颯爽とツンを助け出すだろう。
だが今内藤は、思いっきり迷っていた。
ツンはもちろん助けたいが、この先にはあの男もいるのだ。
喧嘩もしたことないし、格闘技をかじったことすらない内藤では、いつもの妄想のようにかっこよく戦えない。

そ、それでも・・・いかなきゃ・・・ダメだお・・・

恐怖を押し込むように、自分の体を掻き抱く。
すると、制服のポケットのふくらみに気がついた。

なんだお?

ポケットには、あのグローブがはいっていた。
守護手甲ホライゾン。内藤の書き連ねる妄想設定の中で、内藤の専用装備として登場するその手甲は、内藤を勇気付けるように一瞬だけ窓からの光を反射し、煌いた。
これがあれば戦えるだろうか。
妄想の中で自分は、このグローブをつけて活躍していた。
それを思い出すと、少しだけの勇気がわいてくる。

ツン・・・今、助けにいくお

内藤は、自分の専用装備であるグローブを右手に嵌め、ドアを開けた。

ドアを開けた先は、明るい大きな部屋だった。
天井には大きな口が開き、青い空が見えている。
周りに雑多なものはなく、いかにも人が使っています、という雰囲気だった。
そして、その大きな部屋の真ん中には見慣れないものがある。
というよりも、一般人ならそう見る機会がないものだ。

CH-47J。
映画などでよく見る形の輸送ヘリ。
そして、数人の男たち。内藤に気付くと事もあろうに銃を構える。
学校でと違って、ここは人目もないし、銃声が聞こえても誰も気にしない。

・・・これは・・・やばす
まぁ待て
弟者さん?
そいつは学校から俺を追いかけてきていてな、そいつにちょっと聞きたいことがある
兄者さんの事ですか
ああ。おい小僧、俺と一緒にお前の学校に乗り込んだ奴はどうなった?えらく遅いんだがな

ツンを連れ去った弟者と呼ばれた男は、内藤のそばまで歩いてくる。
そして自然な動作で拳銃をとりだし、内藤に突きつけた。
その目が、嘘をついたら殺すと言っている。

どうなったか・・・知らないかなぁ?
し、知らないお!僕はあの後すぐ教室でたから知らないお!
ふむ・・・役にたたんな、よし、死ね
ちょwwww

弟者はあっさりそう言うと、引き金をひいた。

引き金にかけられた指が、ゆっくりと引き金をひく。
死の恐怖に見開かれた内藤の目は、ゆっくり引かれる引き金も、それから発射された弾丸すら見ていた。
自分を殺す弾丸が迫ってくる。

本当に撃ったお!死んでしまうお!

先生が投げたチョークよりも速く。
けど、嫌いな体育の時間のバスケのパスよりも遅く。

けどこれ・・・避けられないかお?

弾丸が迫る。
目の前にまで来たとき、内藤は体を横にずらした。
弾丸はゆっくり内藤の顔の横を通り抜けた。

な・・・避け――

弾丸が背後の壁に着弾し、甲高い音が間延びして聞こえる。
気がつけば内藤は弟者の拳銃に手をかけていた。

あ、あれ?僕は何してるんだお?
――ただと!?

弟者が拳銃を撃ち、それを避けられ驚くまでの間は1秒にも満たない。
そのわずかな一瞬で内藤は弟者の拳銃を奪い取り、放り投げていた。

ちっ!こいつっ!

自然に体が動く。
拳銃を放り投げた後、グローブをつけた右手に力が篭る。
人の殴り方など何も知らないはずの内藤は、腰を落とす。
どこからか声が聞こえる気がした。

心意六合―――

声にあわせて、右手が走る。

―――馬蹄崩拳!!

電光の如く鋭く、重い一撃は、弟者を毎日思い描いた妄想のように吹っ飛ばした。
その姿は夢にまで見た理想の自分。
ツンを颯爽と助け出す、あの内藤だった。

お、弟者さん!
・・・
くっ・・・野郎!
やっちまえ!!

残った男たち数人がいっせいに拳銃を構える。
それと同時に、天井にあいた穴から、なにかが降ってきた。

はっ!!
ぎっ!?
うぉっ!?
委員長!!

着地と同時にしぃは一人を昏倒させ、返す刃で一人の拳銃を撃ち落した。
駆け抜けざまに取り落とした拳銃を拾おうとした男を気絶させ、残り4人となった男たちに立ち向かう。

あ、か、加勢するお!

拳銃をもった男たちに一歩も退かず立ち回るしぃに、慌てて加勢する。
男たちの注意は完全にしぃに向いていた。
とりあえず一番近い敵に肉薄する。

えっと、とりあえず、えいっ

今度は自然に体が動くことがなかったので、さっき弟者にしたように拳銃をつかみ遠くへ放り投げた。

ちっ!野郎!
っとっとっと!

殴りかかる男から半歩避ける。
男の攻撃は見える。
パンチもキックも簡単にかわせるし、漫画のように首筋に手刀一発で気絶させることもできそうだ。
けど、どうすれば良いかわからない。
さっきみたいに声でも聞こえれば・・・

次のパンチがくるから、合わせて半歩後退・・・
!?

また声が聞こえた。
声の言うとおり、男は大降りに殴りかかってくる。
とりあえず言われたとおり半歩下がる。

腕が伸びきったあたりで相手の手首をつかんで手前にひっぱる。同時に相手の腹に腕をあててから、円を描くように勢い良く腕を交差させる
こ、こうかお!?

声の通りに腕を動かす。
振りぬいた腕をつかまれ、男は前転するように宙に舞い、背中から勢い良く床に叩きつけられた。
立ち上がってこないことを見ると、無力化できたようだ。

や、やったお。倒せたお
えぇ、ご苦労様、内藤君
委員長!ほかの奴らは?
そこでのびてるわよ?

見ると、残り3人の男が転がっている。
内藤がどうにか一人倒している間にあっさり片がついていたようだ。

委員長すごいお。強いお!
内藤くんもね。何かやってたの?
え、いや・・・
まぁそれよりツンさんを探しましょうか。この近くにいると思うんだけど・・・
その通り、彼女はここにいるよ
!!
!!

内藤としぃは同時に声のした方を向く。
声は輸送ヘリのほうからした。
さっきまでしまっていた輸送ヘリの胴体部のハッチが開いていく。
ヘリの中には、椅子に座らされたツンと高そうなスーツを着た男がいた。

内藤!委員長!
いや、中々やるじゃないか。とても学生とは思えんよ
あなたが黒幕ね?一応聞くけど、なんでツンさんをさらったのかしら?
いやいやいや、君は理由を知っていそうな気がするんだがね?
・・・
どういうことだお!?
おや、君は知らないのかな?君もホルダーだと思ったんだが・・・
ホルダー?何だお、それ・・・は・・・

いや、知っている。自分はその単語を知っている。
ホルダーとは、潜在的に何かしらの特殊な能力をもっている生まれついての異能者だ。
一般にはその存在は知らされず、中には軍事利用される者やホルダーというだけで政府の監視下におかれる者すらいる。
それは、内藤がいつか自分の妄想設定集に書き込んだことではなかったか。

自分の頭の中だけの話が、なぜ見ず知らずの男から出てくるのか。
だがその思考は、あの声によって遮られた。

・・・ジョルジュ・・・!
ジョルジュ・・・?
・・・ほう。私のことを?なぜ知って・・・ん?
・・・?
ははははは!なんだ、君のその右手にあるのはホライゾンじゃあないかね!くはははは、これは傑作だ!
なぁ、そうだろうホライゾン!道具にまで身を堕としてもまだ私を追い回すとは!
ホライゾン・・・?
・・・ジョルジュ・・・長岡?ジュルジュ長岡・・・ホライゾン・・・

自分の記憶を手繰り寄せる。
頭の中の妄想設定集を読み漁る。
今この右手にある守護手甲ホライゾンの設定ができたのは、4年ほど前だ。
その頃パソコンを買ってもらい、日々の妄想をワードドキュメントに保存するようになった。
いわば、今の内藤の妄想の原点近くにある、最古の設定。
時がたつにつれて忘れていってしまったが、そもそもこのホライゾンは・・・。

そうだ。たとえどんな体になろうとも、貴様を野放しにするわけにはいかん!

今度は内藤以外にも声が聞こえた。
空気を揺るがすような、明らかに人ではない声。

な・・・グローブが、喋った?
ご苦労なことだ。せいぜい口を出すことくらいしか出来ないだろうに!

そもそもこのホライゾンは意思をもっている設定ではなかったか。
そして、その意思は。

妄想の中の、僕・・・?

今のように妄想が現実に置き換わる程にひどくなかった昔、こうありたいと願う自分が装備として内藤の前に現れる。
そんなことを夢見て、設定としたのだ。
現実にホライゾンが右手にある今、ホライゾンに宿っているのは。
颯爽とツンを助け、夜な夜な化け物を狩り、敵国に進入しミッションをこなす、世を忍ぶ仮の姿をもつ、理想の自分。
内藤ホライゾンその人だった。

口しか出せない訳じゃないさ・・・
ほう・・・では今すぐかかってきてはどうだ?出来ないんだろう?
内藤君・・・
な、なんだお・・・?
君はツンを助けたいかい?その覚悟はあるか?
・・・助けたいお。いや、助けるお!僕がツンを守らないといけないんだお!
よし、なら私の技術、知識・・・人格と記憶以外のすべてを君に与えよう。それでツンを助けるんだ
でも・・・
私は悔しいが奴の言うとおり何も出来ない。だが君にはちゃんとした肉体がある。それも、かつての私と同じ強靭な肉体が
・・・
私の代わりに奴を倒せとは言わん。君は君のために、私の技を使いツンを守るがいい
・・・わかったお
もう一度聞くが、君はツンを守りたいな?
もちろんだお!僕がツンを守るお!
む・・・突然うるさいな君は。何なんだ突然―――

右手のグローブから、色々なものが流れ込んでくる。
武術の技術や、様々な知識。人格、記憶を除いたホライゾンという存在がすべて。
日々思い描いた強靭な肉体と、漫画やアニメのような活躍を可能にする理合。
内藤の気配が変わり、意識はそのままに、内藤は安全に理想の自分と同じ性能を手に入れた。

なに?・・・自分の存在を捨てたか、ホライゾン!
捨てたんじゃない、託したんだお!

体に力が満ちるのがわかる。
今ならツンを助けられるはずだ。

委員長、僕が戦ってる間にツンを頼むお
・・・了解っ
いくお、ジョルジュ長岡!ツンは返してもらうお!
ふん、小僧が生意気な!

長岡と内藤は同時に駆け出した。
繰り出す拳が激突し、弾けた空気が烈風を生む。
互いに捌き、突き、投げる。
長岡と内藤は互角だった。

今のうちに・・・